エスカレーターの立ち位置は、日本の都道府県によって異なります。一般的には、関東や九州などの地域では左側に立ち、右側を空けるのがマナーです。一方、関西や福井、島根などの地域では右側に立ち、左側を空けるのがマナーです。三重県では、大阪や名古屋という大都市に近い場所では右側に立つ人が多く、それ以外の場所では左側に立つ人が多いという調査結果があります。
エスカレーターの立ち位置の違いには、歴史的な背景や文化的な要因が関係していると考えられます。
日本でエスカレーターの立ち位置が左右で分かれた理由には、いくつかの説があります。
関東が左側に立つようになった理由としては、以下のようなものが考えられます。
1)刀の鞘を腰に差していた時の名残があるから。右利きの人は左側に鞘を差していたので、道の右側を通るとすれ違う時に鞘がぶつかってしまう恐れがあった。それを避けるため左側を通ったという説があります。
2)右側通行のルールにあわせたから。道路交通法では、歩道または路側帯と、車道の区別がない道路を歩く場合、歩行者は右側を歩くことになっています。この交通ルールに基づいて、エスカレーターに乗るとき、歩く人は右側を歩き、立ち止まる人は左側に立つようになったという説があります。
関西が右側に立つようになった理由としては、以下のようなものが考えられます。
1)胸元に入れた財布を盗まれないようにするため。昔は、財布を着物の胸元に入れていたが、着物の合わせが右前なので、右側から手を入れて財布を出し入れしていた。そのため、商人が多い関西では、右側から手を入れられて財布が盗まれないよう、他人に対して右側に立つようになったという説があるそうです。
2)阪急梅田駅で右に立つようアナウンスがあったから。1967年に阪急梅田駅で長いエスカレーターが設置されたとき、急いでいる人のために左側を空けるようアナウンスが流れた。この阪急梅田駅の右側に立つ習慣が大阪全体に浸透したのではないかという説があります。
3)大阪万博で国際ルールに則り、右側に立つようになった。1970年に開催された大阪万博では、多くの外国人が訪れるのに備えて、国際標準の右側に立ち、左側を空けるよう呼びかけがあった。そのため、右側に立つことが大阪に浸透したのではないかという説があります。
以上のように、エスカレーターの立ち位置の違いには、歴史的な背景や文化的な要因が関係していると考えられます。
最近は事故防止や安全性の観点から、両立ちにつかまって利用することが推奨されています。少々の時間差にこだわらず、他人への気遣いを欠かさないことが大切ですね。
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